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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)12708号 判決 1985年4月25日

原告

学校法人盛本学園

右代表者理事

盛本敏夫

右訴訟代理人

三枝信義

被告

株式会社高木ビル

右代表者

高木邦夫

右訴訟代理人

河合弘之

堀裕一

栗宇一樹

青木秀茂

安田修

主文

被告は原告に対し金九三六万三九〇〇円及びこれに対する昭和五九年六月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

一  原告は、主文第一、第二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

1  原告は、昭和五六年一〇月三〇日、貸ビル業を営む株式会社である被告との間に東京都武蔵野市境南町二丁目三番二号所在武蔵境第二高木ビルの五階の内一四七平方メートルの部分(以下「本件建物」という。)を次の約定により原告が被告から賃借する旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結し、同日、保証金一三三七万七〇〇〇円を被告に交付した。

(一)  目的 各種教室として使用

(二)  賃料 一か月三二万三四〇〇円。毎月二五日までに翌月分前払

(三)  共益費 一か月一三万二三〇〇円。水道・光熱費等諸費用を加算し、毎月二五日までに支払う。

(四)  期間 同年一一月一日から昭和六一年一〇月三一日まで五年間

(五)  敷金 一九四万円

(六)  保証金 一三三七万七〇〇〇円を被告に預託する。

2  右保証金については、次の特約がある。

(一)  保証金は無利息とする。

(二)  保証金の返還については

(1) 本件契約が期間満了により終了したときは、明渡完了の日から満三か月に当たる日に、保証金総額の一〇パーセントを償却して、これを被告が取得し、その残額を原告に返還する。

(2) 契約期間中に原告の都合により解約されたときは、保証金は、原告の明渡後、次の入居者が決定し、新たに被告においてその入居者から保証金を受領するまで据置とする。据置期間中はこれに利息を付さない。この場合に、解約の日が契約締結の日から三年以内であるときには三〇パーセント、五年以内であるときには二〇パーセントをそれぞれ償却し、残額を返還する。

3  なお、賃貸借期間中原告から解約申入をした場合には、申入後六か月を経過した時に、賃貸借が終了するとの特約がある。

4  原告は、昭和五七年一〇月二八日、被告に対し、右3の約定により解約を申入れたので、本件契約は、六か月後の昭和五八年四月二八日、終了し、原告は、同日、被告に本件建物を明渡した。

5  したがつて、被告は、右同日、償却率三〇パーセントにあたる四〇一万三一〇〇円を取得し、原告に対し保証金残額九三六万三九〇〇円を返還すべきことになつた。

6  原告は、昭和五九年五月一七日付書簡をもつて、被告に対し、右保証金残額を七日以内に返還するよう請求し、右書簡は、同月二〇日までに被告に到達した。

7  前記2(二)(2)の定めを形式的に解釈するならば、被告が本件建物を第三者に賃貸しない限り、あるいは新たな賃貸ができない場合であつても、保証金返還債務の履行の条件は成就しないこととなるが、このようなことは、賃借人の法的地位を不安定にするものであり、かかる不合理な条件は、民法一三四条の法意に照らし、無効であつて、被告は、ただちに保証金を返還すべきであり、そうでないとしても、解約後客観的に相当期間を経過したときは、右約定の効力は及ばず、請求のあり次第保証金返還債務を履行すべきものと解するのが相当であり、前記6の請求当時、客観的に相当な期間を経過していたことが明らかである。

8  よつて、原告は被告に対し保証金残額九三六万三九〇〇円及びこれに対する6の催告期間経過後の昭和五九年六月一日以降商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁及び主張として、次のとおり述べた。

1  請求原因1ないし6の事実は認め、同7の主張は争う。

2  被告は、原告の解約後、不動産業者に対するテナント入居斡旋依頼、ビルへの垂れ幕、口頭での呼びかけ等により、次の借主を得るため全力を尽くしている。

貸ビル業者が借主の任意の解約から自らの経済的利益を守るために、次の賃借人が決定し新たに保証金が納入されるまで、旧賃借人への保証金の返還を留保することを約することは、合理的であり、契約自由の原則の範囲を逸脱するものではない。

三  証拠関係<省略>

理由

請求原因1ないし6の事実は、当事者間に争いがない。

右争いのない事実と<証拠>によれば、本件契約においては、期間満了の六か月前までに当事者のいずれかの書面による意思表示がない限り、契約は更に五年間更新されるものとされ、また、期間中であつても、当事者の一方は解約申入をすることができ(ただし、被告からの解約には正当事由を要する。)、申入から六か月を経過した時に契約は終了するものと定められていること、保証金は、敷金とは別個に授受されるもので、無利息で被告に預託され、被告が、その運用益を収得しうるとともに、返還時に、契約終了の時期に応じて請求原因2(二)の割合による償却額を取得することができ、償却率三〇パーセントの割合による償却額は賃料及び共益費の合計額の約八・八か月分の高額に達すること、なお、保証金返還時までに発生した被告の原告に対する全ての債権を支払額から差引くことができるものと定められ、その点で、保証金にも、敷金と同様の担保の性格が付与されていること、以上の事実が認められる。

保証金が右のようなものである以上、賃貸借終了後は、償却額を差引いた残額については、賃貸人がこれを保持する理由は失われるものであるが、貸ビル業者である賃貸人としては、賃借人の明渡後次の入居者が決まるまでは賃料収入を失い、また、返還すべき金員の調達も負担となるため、期間満了による契約の終了の場合にも、明渡の日から保証金の返還までに三か月の猶予期間を設け、更に中途解約の場合には、次の入居者が決定しその者から新たに保証金を収受した時に初めて前賃借人に保証金を返還するものとすることにも、一応は合理性があるものと認められる。

しかし、賃借人が明渡後も多額の保証金を凍結されていることにより損失を被ることは明らかであるし、新入居者が決まらない限りいつまでも保証金の返還を要しないとするならば、返還義務の成否は、結局賃貸人の行為如何にかかることとなり、賃貸人がその努力を怠る場合でも、賃借人としては拱手して待つほかはないこととなつて、賃借人の利益が害されるおそれがある。さりとて、賃貸人が入居者を探す真摯な努力をしているか否かによつて区別することは、法律関係を不明確にするものであつて、相当でなく、たとえ賃貸人が真摯な努力をしたとしても、経済情勢や環境の変化等によつて、新入居者が容易に得られない場合に、それによる不利益を賃借人に帰すのは公平でないと考えられる。なお、解約申入から契約終了までの六か月の期間も、賃貸人のための準備期間として定められたものと考えられる。

したがつて、本件のような約定のものでも、明渡後、賃貸人が新入居者を探すのに通常必要と考えられる時日を考慮して、相当な期間を経過した時は、新入居者が現実に決定したか否かにかかわりなく、保証金返還債務の履行期が到来するものと解すべきであり、そう解することによつてのみ、本件の保証金返還時期に関する特約の効力を是認しうるものというべきである。そして、期間満了の場合の返還時期の約定と対比し、かつ、解約申入から契約終了までの六か月の期間を考慮に入れると、本件において、原告が本件建物を明渡した日から一年以上を経過した請求原因6の請求の時には、右の相当の期間は経過し、被告は原告に対し本件保証金を返還すべきこととなつたものと解するのが相当である。

そうすると、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、民訴法八九条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官野田 宏)

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